「老い易く学なり難く」なる前に勉強はしておいた方が良いんじゃないのかい?
2月も10日が過ぎようとして、そろそろお受験組も白と黒がはっきりしてきた時期かと思われます。無事合格された受験生の皆様おめでとうございます。
我が家にも今年の春に「児童」から「生徒」に属性が変わる愚女がおりますが、
私の住んでいる地域(東京の北の方)は中学お受験に対する意識がなかなかに高い地域でして、クラスの3分の2がお受験組でありました。
ヤツの仲良しグループのお友達もまた、殆どがお受験組でみんなが桜を咲かせたとの事です。お友達が高学年にあがる頃(早い子なんかは小3の春休みくらい)から、みんながそれぞれに志望校を決めだして、学校の宿題以外にも通信教育とか、塾にも通いだして、放課後とか休みの日に外で遊ぶ機会は学年が上がる毎にガクンと減って、今年(今年度のこと)はコロナの影響で学年もも進級した途端に長い期間で休みになっちゃって、
そんな中でも頑張って勉強をして、ちゃんと結果を出したクラスメイト達は偉いなぁと感心します。
我が家は、お受験なんてこれっぽっちも考えておらずにのほほんと地元の公立の学校に進学いたします。だから春からみんなお別れですね。
まぁいいんじゃないの。みんなそれぞれが決めた道を進めばいいんじゃないかい?
ウチには受験をさせる経済的余裕なんかないし、万一受験をして合格したたところで、授業料を払う余裕もなく(嗚呼貧乏万歳)、娘もムスメで受験をする意味や意義が見出せていないし、
私が「この学校がいいからここに行きなさい!」と強要するのも何かが違うし、子どものうちは勉強よりも大事な経験ってたくさんあるんじゃないのかい。
と、無茶苦茶なエクスキューズを常に胸に抱えてもうすぐ卒業です。
でもね、
私よりもやや年上なので既にオバサンの年齢でありながらも今もなお美しい或るお方は
”勉強はしないよりはした方が良いと
後になって気づいたって遅い”(→けれど、自分が学びたいと思ったときに学んだ方が実にはなる気もしている)
と歌っております。
かくいう私、自分自身(オイラのこと)が大学には行っておらず(受験すらしていない)、高校も普通科ではないし、高校卒業後は一応専門学校に通ったけど、その道には進んでいないし、そのまま超氷河期世代として、『負け組』とか言われて、定職にも就かず、後ろ指さされ(ていたような気がするが、まぁ妄想だろう)るような人生を歩んできた人間でして、それがコンプレックスとなり、そのコンプレックスを延々と抱え続け今日まで生き続けております。
結局、このようにインターネット上で声にならない声を文字にして細々と発信するようなオナニー行為をしつつ、それでも不完全燃焼な毎日で、
「やっぱり大学に行っときゃよかった」
と今もなお後悔をし続けて、
結局、大学卒の資格が欲しいが為、50歳を前に今更通信制大学に入学し、現在主婦業と仕事(契約社員だけど)と大学生の3つのわらじを履いています(現在進行形)
結論、やっぱり学びは大事です。